保育士の処遇改善加算におけるキャリアパス要件とは何か|違いや具体的な取り組みも解説

投稿日:2023年8月10日

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保育士の処遇改善とは

保育士は社会になくてはならない専門人材であり、加えて子どもの命を預かる責任の大きい職業です。その一方で、他の業種や職種と比べ賃金が低く、人材の定着率も全業界平均と比べて低いなど人材確保が難しいという問題がありました。
また、過去の厚生労働省による調査でも、「給与が安い」ことが退職の理由として上位にあがるなど、保育士の労働環境改善は保育の担い手を確保するために避けては通れない課題だといえます。
このような背景から、平成25年度以降継続的に処遇改善が行われており、令和3年度の保育士の平均年収は382万円となり、令和元年の364万円から18万円アップしています。それでも日本の給与所得者の平均年収は下回っており、今後も継続した取り組みが期待されています。

「保育士等の処遇改善の推移」

出展)厚生労働省「保育士等の処遇改善の推移」より

処遇改善加算Ⅰ・Ⅱ・Ⅲの違い

保育士の処遇改善加算は、処遇改善加算Ⅰ・Ⅱ・Ⅲの3つに分かれています。

処遇改善加算Ⅰ

賃金のベースアップを目的とし、平成25年度から継続的に実施されている制度が加算Ⅰです。
職員の平均経験年数によって加算率が変わる仕組みで、この加算Ⅰは、「基礎分」「賃金要件改善分」「キャリアパス要件分」の3つの要素で構成されています。

処遇改善加算Ⅱ

処遇改善加算Ⅱは平成29年から始まった制度です。保育士のキャリアアップを支援するため「副主任保育士」「専門リーダー」「職務分野別リーダー」の役職を設け、任命した職員の賃金に加算する制度です。この制度ではキャリアアップ研修の受講を役職の任命要件としており、全8分野(1分野あたり15時間)の研修を受講することが求められています。

処遇改善加算Ⅲ

令和3年度から始まった処遇改善臨時特例事業が、令和4年度10月以降は処遇改善加算Ⅲとして公定価格に組み込まれました。各事業所が、賃上げ効果が継続される取り組みを行うことを前提として収入を3%程度引き上げるために必要な補助をするとしています。
※詳しくは、こども家庭庁「施設給付費等に係る処遇改善等加算について」をご確認ください。

処遇改善とキャリアパス要件の関係

ここからは、今回のコラムのテーマである「キャリアパス要件」について解説します。キャリアパス要件とは、処遇改善加算Ⅰの賃金改善要件分の要素の1つです。

処遇改善加算Ⅰ(加算率区分表)  

出展)こども家庭庁「施設給付費等に係る処遇改善等加算について

キャリアパス要件

(1)次に挙げる全ての要件に適合し、それらの内容について就業規則等の明確な根拠規定を書面で整備し、全ての職員に周知していること。
 (ア)職員の職位、職責または職務内容等に応じた勤務条件等の要件(職員の賃金に関するものを含む)を定めていること。
 (イ)アにあげる職位、職責または勤務内容等に応じた賃金体系(一時金などの臨時的に支払われるものを除く。)を定めていること。

(2)職員の職務内容等を踏まえ、職員と意見を交換しながら、資質向上の目標並びに次のア及びイに掲げる具体的な計画を策定し、当該計画に係る研修(通常業務の実施又は研修の機会を確保し、それを全ての職員に周知していること。
 (ア)資質向上のための計画に沿って、研修機会の提供または技術指導等を実施するとともに、職員の能力評価を行うこと。
 (イ)幼稚園教諭免許状・保育士資格などを取得しようとするものがいる場合は、資格取得のための支援(研修受講のための勤務シフトの調整、休暇の付与、費用(交通費、受講料等)の援助等)を実施すること。

出展)こども家庭庁「施設給付費等に係る処遇改善等加算について

前述の通り、処遇改善加算Ⅰは基礎分と賃金改善要件分の2階建になっていますが、さらに賃金改善要件分のうち2%をキャリアパス要件分としており、原則としてキャリアパス要件に適合しない場合は、この2%分が減算されることになっています。

キャリパス要件に適合するためには

キャリアパス要件に適合するためには、具体的に次のような取り組みが必要です。

・成長段階に応じた期待する姿を明確にする
・職員の役割や仕事の内容を明確にする
・基本給や手当等の処遇について根拠を明確にする
・経験や役割に応じた学習機会を設けるなど計画的な職員育成を行う
・能力評価や面談等を通じて職員の能力向上を支援する
・これらのことを全ての職員に周知する

キャリアパスをひと言で表現すると、「保育園における職員の成長の道筋」です。
私たちの保育園では、どのような成長が期待されるのかを、能力や知識、仕事に対する姿勢、経験などについて、具体化することが必要になります。

また、以前の保育園では、例えば「主任」のような役職でも、その人が実際にどのような役割を担うのか、具体的な仕事の内容は何なのかということが曖昧で、役割を任された本人次第であることがほとんどでした。
いままではともかく、これからは主任やリーダーを任命する際に、どのような役割を期待しているのかを明文化し、職員と共有しておくことも求められます。

賃金についても根拠を明確にすることが必要です。
これまで保育園では年功序列が基本であり、役職や仕事の内容に応じた手当や、能力に応じた賃金体系が確立されておらず、支払われる報酬の根拠が曖昧でした。ただし、最近では処遇改善とともに賃金体系の見直しが各園で進みつつあり、現場の職員にとってわかりやすいよう賃金制度を見直す保育園も増えています。このことは、将来の見通しを持って安心して働き続けてもらうためにも欠かせないことでしょう。

続いて、職員育成を計画的に行うことが求められます。
例えばリーダーを任されるなど、キャリアアップの節目に必要となる能力や知識を学ぶための研修に参加させたり、現場での指導育成を行うなど、組織的かつ計画的な学習機会を設定することです。
もちろん全職員で何かを学ぶことも大切なのですが、職員一人ひとりの成長段階に相応しい環境設定を組織が行うことは、学びをより効果的なものにします。

さらに、職員一人ひとりの成長段階に応じて、期待される能力が身についているか評価を行うこともポイントです。
評価というと上司が「評価する」イメージがありますが、それよりも評価は職員自身の「振り返り」だと捉えた方がわかりやすいでしょう。上司との面談や評価を通して自分の保育や仕事を振り返り、職員が主体的に成長を目指せるように支援することが重要です。

そして、これらのことを全ての職員に共有を図ることは、キャリアパス制度を運用する上で最も重要なことだといえます。

キャリアアップ研修との違いは?

さて、ここで処遇改善加算Ⅱと関連するキャリアアップ研修との関連について記しておきます。
キャリアアップ研修とは、処遇改善加算Ⅱの要件となっている全8分野の研修のことですが、キャリアパスとキャリアアップで言葉が似ていることから混同されることが多いようです。
また、処遇改善加算Ⅱに取り組んでいれば問題ない、キャリアアップ研修さえ受けていればキャリアパスを整備する必要はないと捉える場合もあるようです。
たしかに処遇改善加算だけを考えるのならそれで何とかなるのかもしれませんが、計画的な人材育成や組織づくり、職員が見通しを持って働くことのできる職場づくりを考えれば、そもそも処遇改善とは切り離して必要性を理解しなければならないでしょう。

そもそもキャリアパスとは何なのか

キャリアパスとは本来、仕事における道筋を指します。
従来の保育園は、役職といっても主任ぐらいで、他の職員は皆横並びという組織構造でした。これは職員が自分のキャリアアップを意識しにくい構造だったといえます。
保育園の運営形態が複雑化し、複数施設化や大規模化といった法人も増えるなかで、将来の保育現場をリードできる人材を育てていくことは重要なこと。今後は計画的に人材を育てていく必要があります。
保育園に就職して最初の一年は何を期待され、何を身につける必要があり、3年目、5年目…と経験を積むにしたがってどのような役割が任されるのか。子どもの保育に発達段階があるように、職員の成長も1段ずつ階段を上っていくような、保育園の仕事における職員成長の道筋がキャリアパスです。
キャリアパスが明確な保育園では、職員が自分自身の成長について主体的に考えることができ、将来の目標をイメージすることにも繋がります。
自分に何が期待されていて、どう行動すれば次のステップに進めるのかが見えていれば先が見えないといった不安も減ります。

[キャリアパスを示すことのメリット]

組織として職員として
・計画的な人材育成につながる
・組織として目指す方向がそろう
・リーダーを計画的に育成できる
・保育の質の向上につながる
・先が見通せると不安が減る
・取り組むべき目標が明確になる
・主体的な努力が可能になる
・スキルアップが促進される
キャリアパス制度は、保育園にとっては計画的な人材育成のためであり、職員にとっては自分自身の成長目標になるものです。

まとめ

保育園に限らず働く人にとって、自分が成長できるかどうかは職場選びの重要な要素であるといえます。
保育は人が担うものである以上、人材育成と人材定着は、質の高い保育を担保する上で必要不可欠といえるでしょう。
処遇改善がきっかけで整備が進みつつある保育士のキャリアパスですが、本来の目的は職員の資質向上と安心して働きつづけることができる職場づくりのためです。
一人ひとりが将来の見通しを持って働ける保育園づくりのために、自分たちの園らしい制度設計を考えてみてはいかがでしょうか。

キャリアパスの設計については次のコラムもご覧ください。
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