保育士の人事評価・人事考課を始める手順|【保育園版】人事評価の基礎知識

保育士の人事評価,保育士の人事考課

投稿日:2022年10年19日

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なぜ今、保育園に人事評価なのか

保育園ではこれまでやっていなくても問題なかった(と思われていた)人事評価が、どうして今必要だと言われているのでしょうか。

評価制度は一般企業であれば当たり前に導入されている制度ですが、導入率は大規模な企業ほど高く中小企業では低い傾向にあります。本来は会社の規模に関係なく導入することで生産性の向上や社員のモチベーション向上に役立つ制度ですが、大企業のように社内に人事部がないために専任で取り組む人がおらず、小さい規模の会社ほど導入のハードルを感じやすいのです。また、長く取り組んでいる企業ですら定期的に見直し、構築し直さなければならない制度でもあることもハードルになるでしょう。それは、時代や社会の変化によって働き方が変わったり組織の成長に合わせて規模や形態が変わったりするからです。つまり、一度導入して終わりではないということです。

保育業界でも、複数施設を運営する法人のように組織マネジメントの重要性を感じる園ほど人事評価制度を整備しているところが多いでしょう。では、一法人1施設の保育園に人事評価制度が必要ないかと言われればそうではありません。自園に合った人事評価制度を整備すれば、職員の仕事へのモチベーションを高められ、生産性も向上させられます。職員の資質向上が保育の質の向上に直結する保育という仕事においては、人材育成・能力開発を目的とした人事評価制度導入は管理者の重要な仕事なのです。

人事評価と人事考課の違い

職員の能力評価に関して、人事評価と言ったり人事考課と言ったりどちらの言葉も耳にしたことがあるでしょう。結論から言うと、人事評価と人事考課に明確な違いはありません。同じ言葉として使用しても問題ありませんが、園内で使用する際にはどちらかに統一して使用するなど混乱を生まないようにしましょう。
あえて違いをつけるとすれば、「人事考課」は給与や昇進に紐付けて使われることが多く「人事評価」はより広い範囲で使われる言葉です。つまり人事評価制度の中に人事考課が含まれている関係です。

人事評価制度の導入による組織課題の解決

現在、人事評価制度を導入していない保育園は導入にどのようなハードルを感じているでしょうか。一般の中小企業で人事評価制度を設けていない理由としては以下のようなものが挙げられます。これは保育園にも通ずるところがあるのではないでしょうか。

  • 従業員が少なく、経営者が全従業員の状況を把握しているため
  • 制度を設けても運用が困難であるため
  • 人事評価をしても給与に反映できないため
  • 従業員を評価する風土がないため
  • 制度設計の方法が分からないため
  • 導入後、 従業員の反発が予想されるため

2023年版「中小企業白書」

中小企業庁

人事評価制度を調べたり取り組んだりしたことのある園は実感していることと思いますが、人事評価制度の導入には時間も手間もかかります。やらなくて良いならできればやりたくないと思うのも当然だと思います。
では、導入するメリット、つまり人事評価制度によってどんな課題が解決できるのかを見ていきましょう。

課題1:人材確保

慢性的な人手不足や離職率の高さに悩んでいる保育園にとっては、人事評価制度を導入することで優秀な保育士に長く勤めてもらえるようになることが期待できます。長く勤めてくれれば計画的な職員育成も可能でしょうし、離職率が低下すれば常に新しい人材を雇い入れる必要がなくなるため、採用にかかるコストも抑えられます。特に、人材派遣や人材紹介に頼らざるを得ない状況の園にとっては、大きな違いになるでしょう。

人事評価がないことによって職員から不満が出ていたりする場合は、評価制度を設けることで職員の自己肯定感や仕事への満足感が高まれば、組織に対する信頼感・帰属意識も高まるでしょう。職員自身が自分のキャリアを見通せるようになることでモチベーションアップにもつながります。

逆に、頑張っても頑張らなくても何も変わらないという本人のやりがいだけに頼った環境では、高かったモチベーションも下がってしまうでしょう。人事制度(等級制度や評価制度、研修制度、賃金制度)が整った園であるということは、今後、働き手に選ばれる園の要素にもなり得るのです。

課題2:人材育成

適切な評価ができるようになれば、職員一人ひとりの能力や強みを把握しその後の人材育成に役立てることができます。職員の成長には本人の努力が必要なのは間違いありませんが、その環境を整えること、成長の機会を与えることは組織の役割です。そのためには、職員一人ひとりの現状を把握することがまず必要です。それは子どもたちに対する保育と同じでしょう。

そしてこれまで評価を実施していない園にとっては、評価自体がコミュニケーションツールとしても役立つでしょう。評価をしなければならないとなれば、管理者などの評価する側は、被評価者である職員の仕事ぶりをよく観察しなくてはなりません。それによって職員の変化にも気づきやすくなることが期待できるため、自然とコミュニケーションが活性化されるでしょう。

人事評価制度導入の手順

実際に人事評価制度を導入する場合、どのような手順で実施すれば良いのでしょうか。

1. 評価の目的を明確にする

何のために人事評価を実施するのか、まずそれを明確にしましょう。評価は、仕組みづくりをしていく段階で、手段と目的が曖昧になってしまいがちです。最初に目的を明確にしていれば、それを判断の拠り所とすることができます。
また、出来上がった人事評価制度を職員に共有する際にも目的が重要です。これがきちんと共有されていないと、せっかく導入しても形骸化してしまったり、職員に受け入れられなかったりしてしまうのです。

評価の目的として結果を給与や賞与などの賃金制度に繋げたいという園も多いと思いますが、最初から紐づけることはおすすめしていません。作った評価制度が最初からうまくいくとは限らないからです。むしろ、見直しや修正が入ることが圧倒的に多いので、せめて1サイクルは制度を運用してみて人事評価というものを現場の職員も理解できた上で紐づけるようにした方が良いでしょう。場合によっては、賃金制度の再構築も必要になることがあります。

2. キャリアパスを策定する 

適切な人事評価をするには、まず園内のキャリアパスが必要です。私たちの園では保育士としてどのような成長を経ていくのか、一職員としてはどのような能力を身につけるべきなのか、段階を作って示さなければ、結局成長は自分次第になってしまいます。ですから、もしキャリアパスが無いという園の場合はまず、等級制度やキャリアパスと呼ばれる共通のものさしを策定することから始めましょう。保育で言うならば子どもの発達課程のような、自園の職員の成長課程を考えるということです。それが評価の根拠となります。

3. 評価方法を検討する

キャリアパスに沿ってどんな方法で評価を実施していくのかを検討します。評価は継続して実施することが最も大切であるため、保育現場の業務の負担も考慮し、簡単に取り組めて続けられる方法を選びましょう。特に、導入初期にはまず評価というものを園内に浸透させることが重要です。欲張りすぎず小さく始めることを意識すると良いでしょう。慣れてきたら少しステップアップするように方法を見直すことがおすすめです。

4. 評価項目を作成する

評価方法で項目にチェックを入れていくような方法を選択した場合は評価項目を作成します。キャリアパスができていればそれに沿った項目に落としていけば良いでしょう。注意したいのは、網羅しようとするあまり、項目が増えすぎてしまうことです。項目はポイントに絞って作成しましょう。

そしてその評価項目を何段階でどのように評価するかといったルールを決めます。段階(スコアリング)は4段階や5段階が一般的でしょう。

項目を作成する際は、専門性に関する項目だけでなく、社会人としての業務スキル、マネジメント能力やコミュニケーション力、仕事に対する基本姿勢などを問う項目も検討すると良いでしょう。キャリアパスに沿った項目であれば、職員の経験や能力に応じて項目のレベルを変えることができます。1年目でも10年目でも同じ評価シートで自己評価をしているという場合は、内容を見直す必要があるでしょう。

評価項目例

方針理解:園の理念や方針を理解している。
保育実践:子どもの発達・発育に応じた保育計画・指導計画を立案・実践・評価している。
発達理解:発達の気になる子どもや障がいのある子どもについて基本的知識を持っている。
保護者支援:保護者からの相談を受け、適切な支援をしている。
基本行動:自分も園の顔であると自覚し、誰に対しても笑顔で丁寧な対応をしている。
役割自覚:自分の果たすべき役割を自覚し、自ら考えて動き出している。
チャレンジ精神:失敗することを恐れず、失敗から学んでいる。
指導力:後輩が成長できるような仕事を任せることができる。
チームワーク:チームのメンバーに積極的に声をかけ、互いに協力し合っている。

5. 導入スケジュールを作成する

人事評価制度の導入スケジュールを作成します。職員に人事評価制度を正しく理解されないまま運用を開始すると、現場が混乱してしまい、せっかく導入しても制度の効果が得られない恐れがあります。導入前に全職員に対して人事制度に関する説明会を開き目的や実施の流れを共有することや、評価者となる方に向けた評価者研修などを実施すると、スムーズに運用できるでしょう。

評価というのは基本的にPDCAサイクルの一部なので、保育園の年間行事を計画するように、年間の評価スケジュールを立てると良いでしょう。特に始めたばかりの時には目の前の業務が立て込んでくると後回しにされてしまいがちなので、具体的な日付を設定して人事評価のサイクルを回すようにしましょう。多くの園では、年に2回(半期に1回ずつ)自己評価と上司評価、面談をしていますが、園の実情に合わせて計画することが大切です。


制度を整えて園内で共有したら、実際に運用をスタートします。導入したばかりの時は評価する側もされる側も不慣れなのは当たり前です。繰り返すうちに上達するものなので、最初から完璧を目指さずにまずはやり切ることを意識しましょう。

6. 制度の評価・見直しをする

人事評価制度は導入して終わりではありません。制度そのものを定期的に見直し、修正する必要があります。できれば年に1回、今年度の評価の方法、流れはどうだったか、改善するポイントはないかなどを評価しましょう。アンケート等で現場の声を聞くのも効果的です。

実際に運用している保育園では、年間スケジュールの見直しをしたり評価項目の見直しをしたりしています。数年に1回評価方法を変えたり、基準となるキャリアパスから再構築することもあります。それは、社会制度の変化や職員の働き方・価値観の多様化などに合わせて仕組みそのものも変わっていく必要があるからです。

保育園で人事評価制度を導入する方法

保育園で人事評価制度を導入する場合、自分たちで評価制度を作る方法と外部に依頼する方法の2つがあります。

自分たちで評価制度を作る

評価制度を内製化する方法です。法人本部の職員や各施設の園長などの管理職が作ることになるでしょう。もちろん、保育とは異なる知識が必要になるので人事制度関連の勉強をし構築することになります。
メリットとしては、管理者の評価制度に関する知識が深まることとそれによって職員への共有がしやすくなることが挙げられます。自園にノウハウが蓄積されるのは、制度を作った後に見直し・改善をする場合にも役立ちます。また、外部委託と比較すると当然、費用面のコストの削減になります。
デメリットとしては、管理職への負担がかかることと制度を構築するまでに時間がかかるであろうことです。また、作りきれずに頓挫してしまうことも考えられます。出来上がったとしてもそれが適切な制度であるか、客観的に判断し難いという面もあります。

内製化する場合の勉強には、本やインターネットでも知識を得られますが、人事制度や評価制度を扱ったセミナーを受講するのもおすすめです。ただし、一般企業向けのものが多いのでインプット後に保育園に置き換えて考える必要があります。

外部の専門家に委託して作る

人事の専門家によるコンサルティングを依頼するという外部委託(アウトソーシング)の方法です。園内に人事領域の専門家がいなければ、こういったコンサルティングを利用するのも有効な手段です。専門家というのは、人事コンサルタントや社会保険労務士です。
メリットは、まず最短で構築・導入ができることでしょう。人事制度の知識やノウハウを持ったプロに依頼すれば勉強から始める必要はなく、教えてもらうことができます。また、バランスの取れた制度を作ることができるでしょう。
デメリットは、費用がかかることです。そしてその外部委託先を選定するのに時間がかかることでしょう。自園に合った制度を作るためには、依頼する専門家選びも重要になります。

参考までに、外部委託先を選ぶポイントをいくつか挙げます。

専門家に何を求めるか

外部委託する際に最も重要なのは、何を求めるのかを明確にすることです。これが曖昧なままでは選定にも時間がかかりますし、いざ依頼しても「思っていたのと違った」に繋がりかねません。ただ「人事評価制度を作りたい」ではなく、「何に活かしたいから評価制度を導入するのか」「評価制度を作ることによって得たいものは何か」など園の評価の目的と照らし合わせて本質的な要望を整理しましょう

豊富な実績・ノウハウがあるか

これまでどのような組織の評価制度を作ってきたのかという実績は、信頼できる専門家かどうかを判断するために確認したいポイントです。特に保育園での実績があるかどうかは必ず確認しましょう。保育園は一般企業や介護施設などとも少し異なる組織なのでもし保育園での制度づくりの経験がない専門家に依頼する場合には、園側もある程度人事制度関連の知識を持った状態で制度づくりに臨む必要があるでしょう。

どのような強みを持っているか

人事コンサルタントも社会保険労務士も、それぞれ得意分野というのがあります。何を強みにしているのかが若干違うので、比較する際には確認しておきたいポイントです。得意分野が園の求めるものと合致していれば、出来上がる制度の満足度も高くなることが期待できます。

どこまで対応してくれるのか

強みと共に確認したいポイントです。園としては構築から運用・サポートまでトータルでお願いしたいのに構築までの対応であったり、逆に運用は自分たちでしたいのにトータルでないと依頼できなかったり、園が要望することと提供するサービスにギャップがないかはよく確認しましょう。この時、事前に専門家に何を求めるかを明確にしてあれば、どういうところに着目してサービス内容を確認すれば良いかもはっきりするでしょう。

費用は園の予算と見合っているか

費用はもちろん確認すると思いますが、最初にかかる費用、後から追加でかかる費用についてしっかり確認しましょう。トータルサポートができるという専門家でもそのサポート費用はオプションであったり、一度構築した後の見直しは何回までと決まっていたり、運用のために別途システム導入が必須だったりすることがあります。専門家側からも説明は十分あると思いますが、思い違いによるトラブルなどを防ぐためにも「こういう場合の費用はどうなるのか」と導入のイメージを共有しましょう。

専門家との相性は良いか

上記のポイントを確認するうちにわかると思いますが、その専門家との相性も大切です。評価制度という園の仕組みづくりを依頼するということは長くお付き合いする可能性もありますし、活きた制度づくりのために制度の構築中に率直な意見交換ができるような相手かを見極めましょう。園の考え方や理想とする組織の在り方に共感を示してくれるか、園のためにプロ目線の厳しい意見も言ってくれるか、などパートナーとして信頼できるかどうかは重要なポイントです。

保育園でも人事評価制度の導入は難しくない

導入を進める担当者が人事評価制度というもの自体を理解し、また運用・継続の重要性を理解していれば、保育園でも導入は難しいものではありません。最初は全職員共通の評価シートで自己評価をしてみたり、一人ひとりが目標を立ててその達成度を評価してみたりするなど、小さく初めてみるのも良いでしょう。ただし制度として導入するためには、基準となるキャリアパスが欠かせないので、もし園にキャリアパスが無いという場合には先にキャリアパス設計から始めましょう。それは評価制度だけでなくキャリアアップ研修やそれに伴う役職の活用にもつながります。

評価、というと何となく査定のようにネガティブに捉えられがちですが、成長を確認するための承認の機会、と捉えれば前向きな制度として導入できるのではないでしょうか。

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